2024.12.04
空が高くなってきた11月吉日、うおがし銘茶『茶・銀座』にて、
うおがし銘茶を支えるお茶農家・向笠安大さんと石田由郎工場長を囲み、
お客さまをお招きした座談会を開催しました。
お茶づくりの秘話から、お客さまならではのお茶の楽しみ方まで、
話に花が咲いた座談会のひとときをレポートします。
おすすめの茶葉の試飲でにぎわう『茶・銀座』の2階には、なにやら緊張した面持ちの2人の姿がありました。
「ここ数日は緊張で眠りが浅かった」と笑うのは、静岡の契約農家・向笠安大さん。茶葉の仕入れを担当している石田由郎工場長とともに、続々と集まるお客さまをお迎えしました。司会を務めるのは、スタッフの曽我頌太。まずは向笠さんの自己紹介から始まりました。
向笠さん:静岡空港から車で5分ほど、日本有数の大茶園として知られる牧之原台地でお茶づくりをしています。
私たちがこだわっているのが、「芽重型」という仕立て方です。
お茶の芽を厳選して、養分を集中させることで、肉厚な茶葉に育ちます。味わいがよくなる一方で、収穫量がふやしにくく、収益につながりにくいという難点もあります。「おいしいお茶をつくりたい」という一心で祖父から父へと受け継いでいる製造方法ですが、このままでいいのだろうかと迷ったときもありました。
そんなときに出会ったのがうおがし銘茶さんです。
「この強い芽がほしい」と、私たちの茶葉を評価してくれた。同じ方向を見る茶匠と出会えたことが、大きな希望になりました。
石田工場長:向笠さんの茶葉は、おもに『茶・銀座』に使わせていただいています。
現在のお茶業界においては、非常に希少な農家さんで、畑に行くたび、茶畑がしっかり管理されていることを感じます。
こだわり抜いてつくられた向笠さんの茶葉は、香りがあって、味がしっかりしていて。
だから、煎を重ねても楽しめるんです。
ここで、向笠さんがこの日のために製造したオリジナルバージョンの『茶・銀座』がお客さまに提供されました。
上品な香りとしっかりしたお茶の余韻が口いっぱいに広がります。
「煎を重ねても楽しめる」という石田工場長の言葉に、「二煎目もおいしい」「三煎目も楽しめるよね」と頷くお客さま。
「茶殻を食べてみたい」という声も聞こえてきました。「いいお茶って、茶殻もおいしいですよね!」と盛り上がり、ポン酢をかけて食べる、佃煮にして食べるなど、次々に茶殻の食べ方がお客さまから披露されます。
これには向笠さんも石田工場長もびっくり。
「こんなお茶マニア、静岡でも会ったことがない!」と向笠さんは目を丸くしていました。
向笠さん:じつはこの栽培方法ならではの苦労があるんです。芽の数を抑えて養分を集中させるので、茎が太く育ち、いくら乾燥を繰り返しても水分が残ってしまうという課題がありました。そこで、うおがし銘茶社長の静岡時代の恩師にあたる方からアドバイスをいただき、茶葉の一次乾燥のあいまに、茶葉の水分を均一にする「揉捻(じゅうねん)」という工程を加えました。通常の5倍の時間をかけてもんでいて、いまでは日本でもっともお茶をもんでいるお茶農家になっています(笑)。
石田工場長:それだけ揉捻できるのは、向笠さんの茶葉が肉厚だからなんですね。差しが効くのも、茶葉がしっかりしているから。いくら私たちが火入れを工夫しても、原料以上のものはできません。やっぱり原料がすべてですから。
向笠さん:石田工場長がうちの荒茶に最高の香りをつけて味を引き出し、それをお客さまが飲んで「おいしい」と言ってくれる。
この部屋にはそうした関係性がすべてそろっているんですよね。
この景色が、自分が見たかったものなのだと今日強く感じています。
続けてお客さまに提供されたのは、スパークリングと白ワイン。
アルコールが入ったこともあって会話はますます弾み、お茶づくりと気候変動へと話が展開していきます。
向笠さん:どういうお茶を目指すかを決めて、そこから逆算して収穫時期を考えるわけですが、自然が相手ですから、うまくいかないときもあります。1年かけて入念に準備しても、3月に霜が降りれば、すべてが徒労に終わります。こうした大凍霜害は10年に一度ほど起こります。このときばかりは、いくら対策しても追いつきません。だから、3月は気が気じゃなくて、眠れない夜をひと月ほど過ごします。4月になると少し安心できますが、今度は雨が気になってきます。収穫したいタイミングに雨が続くと、芽が生長して味が変わってしまうのです。
石田工場長:収穫前の雨は、どうしてもお茶の飲み口に影響するのですよね。雨が降ってもお茶刈りをする産地もありますが、自分たちが求めているのは、太陽の光をさんさんと浴びて育ち、雨が降った翌日のような茶葉。基本的には、摘みとり時期が早いものから順に、『うぬぼれ』『天下一』、続いて『しゃん』『にゅう』『魚がし煎茶』という順に芽が進んでいきます。毎年春先になると、天気予報を見ながら、「今年はこのあたりの商品が少なくなりそう」などと頭を悩ましています。
向笠さん:たとえば『天下一』のために、いまこの瞬間に摘み取りたいと思っても、雨が降ればかないませんからね。できるかぎりの対策はしますが、最終的には「運」。自然の恩恵を受けることもあれば、人の手ではどうにもできずに打ちのめされることもあります。お茶づくりをしていると、自然への畏敬の念を抱きますね。父も、茶摘み初日だけは、手摘みしたお茶を仏壇に供えて、手を合わせています。
石田工場長:気温が上昇したことで、これまでなら3日で生長するところを1日で一気に生長したということが今年はありました。こうした気象の変化にどう対応するかは、今後考えが必要ですね。「今年のお茶もおいしいね」「変わらない味だね」と毎年言っていただけるようなものを届けることが私たちの使命。ですから、お客さまには申し訳ないことですが、作柄によっては「今年は出せない」という商品が出ることもあります。最近では『はんなり』がそうでした。原料は仕入れたけれど、イメージしたものにならなくて、『はんなり』としては成り立たなかったので販売しませんでした。品質を守るのが私たちの役割ですから、そこはこれからも妥協しないつもりです。
向笠さん:そう言い切れるお茶屋さんって、なかなかないですよね。ブレない厳しさと、敷居を下げないことがブランドをつくるのだとわかり、とても勉強になりました。
座談会を締めくくったのは、本日の主役『茶・銀座』でした。部屋いっぱいに広がった香ばしいお茶の香りに、うっとりと目を細めるお客さまも。お茶うけの栗きんとんの上品な甘みを、『茶・銀座』のコクとうまみと渋みがさっぱりと洗い流します。「やっぱり、おいしいね」「安心しておすすめできるお茶だよね」というお客さまの声に、向笠さんの顔がほころびました。
向笠さん:おいしいよって言っていただけると、涙が出ちゃいますね。私たちお茶農家にとって、お客さまの感想がいちばんの励み。「おいしい」のひと言で、また1年がんばろうと思えます。私たちお茶農家、とりわけ同世代は、「お茶が飲まれなくなったから」「気候が変わったから」「肥料が値上がりしたから」と、お茶離れの原因を外に求めてしまいがちですが、私たちにできるのは、おいしいお茶をつくること。『このお茶に出会ってよかった』と思ってもらえるお茶をつくりたいです。
石田工場長:品質よりも効率を重視するお茶農家さんが増えるなかで、向笠さんのようなお茶農家がいるからうおがし銘茶のお茶づくりができています。お茶農家さんを守りながら、お客さまには変わらない味を届けることが、私たちの役割です。お茶農家さんが丹精込めて育てた茶葉を生かすためにも、お茶の“たすき”をしっかりつなげていきたいですね。
「お茶を飲んでくれるお客様がいるから、私たちはお茶づくりができるんです」という向笠さん、石田工場長の言葉に、「こちらこそ、いつもおいしいお茶をありがとう」とお客様。
畑から工場、店頭からお客さまへとつないだお茶の“たすき”が、お客さまから作り手へと戻ってくる。そんな最高の瞬間に恵まれた夕べとなりました。
「作り手が見えると、味の感じ方も変わってくる」。こうした言葉も印象的だった『茶・銀座』のひととき。もしかしたらみなさんがこのあと飲むお茶も、いつもとは少しだけ違った味に感じるかもしれませんね。