うおがし銘茶うおがし銘茶

2021.08.03

お茶に託された“I Love you”を伝えに
レミさん流おいしいお茶の淹れ方の極意

平野レミさんへのインタビューは、お庭の緑が絵画のように目に飛び込んでくるリビングで始まりました。BGMは、レミさんの亡きパートナー、和田誠さんが毎日聴いていらしたというフランク・シナトラの「Nice 'n' Easy」。コーナーには和田さんのお写真が飾られています。その前に置かれた湯呑み茶碗は、毎日、朝のひと時を一緒に過ごされているからなのだとか。「和田さん、お茶大好きだから」とレミさん。

なぜレミさんにお話をうかがうことになったのか? きっかけは和田誠さんに描いていただいた「しゃん」のパッケージ・イラストレーションです。お願いしたのは、偶然にもうおがし銘茶が創立80周年であった2011年のこと。

打ち合わせ時、和田さんにお伝えしたのは、うおがし銘茶が昔ながらのお茶づくりにこだわって茶畑の土づくりから手掛けていること、工場が静岡にあること、しゃんとは「美しい」を意味すること、なるべく機械に頼らず、人の手で丁寧に仕上げていることのみ。

こんなイラストレーションを、という具体的な話はしませんでしたが、いただいたイラストレーションには、うおがし銘茶のお茶に込めた思いがすべて凝縮されていました。あのとき興味深げに耳を傾けてくださった和田さんの姿は、いまも目に焼き付いています。

あれから10年。一日何度も召し上がるほど「しゃん」が好きだとおっしゃる奥様のレミさんにお話をうかがう機会をいただきました。和田さんのお話、普段の「しゃん」の楽しみ方、そしてお二人が日常で大切に思うことについてうかがっていくと、偶然にもうおがし銘茶の考えとも似ている部分が! それではインタビューのスタートです。

静岡とお茶が和田さんにもたらしたインスピレーション

うおがし銘茶:和田さんには展覧会などでご挨拶をしたことはありましたが、お仕事を依頼するのは初めてでした。具体的な話はしませんでしたが、和田さんは「伝えたいことはわかったよ」と笑顔。数日後「できたので取りにいらっしゃい」と電話をいただき、うかがうと大きな打ち合わせ机の上にこの三保の松原と天女を配したイラストレーションが置かれていました。

三保の松原と天女は、工場が静岡にあるとお伝えしたことからインスピレーションを得られたのだと思います。和田さんは「とても縁起の良い絵なんだよ」とおっしゃり、その絵を使った年賀状のレイアウトまで起こしてくださいました。

レミ:パッと閃くと何に使うとか細かいことを聞かなくても、たぶんこういうのが好きだろうって分かっちゃうのよね。アイデアなんか次々と湧き出てくるみたいなの。

うおがし銘茶:後日、「しゃん」のパッケージの絵を改めて描き起こし、額装したものをいただきました。本当にうれしく、大切に茶の実倶楽部に展示させていただいています。

レミ:和田さん、絵をプレゼントするとき、絶対額に入れるのよ。子どもが小さいとき、遊びに来た友だちの似顔絵を描いたことがあって、そのときも額に入れてあげてね、「これ、おうちに持って帰りなさい」って。

うおがし銘茶:絵をいただいたのも嬉しかったのですが、「ちゃっきり節」を歌っていただいたのにも感動しました。

レミ:へー、歌ったの(笑)? 「ちゃっきり節」を⁉

うおがし銘茶:はい。

レミ:あははは。私はそういう仕事場でのエピソードって全然知らないの。うちにはご飯食べに帰ってくるだけだから(笑)。

お茶と鰹節に託された“I Love you”

うおがし銘茶:和田さんからはときどき個人的にお茶にまつわるご注文をいただきました。それはほぼレミさんに関係すること。その一つが「お茶の新芽を手に入れたい」でした。「うちの母ちゃんの天ぷら、最高なんだよ!」って(笑)。レミさんにお茶の新芽の天ぷらを作ってもらおうと思われたんでしょうね。

レミ:新芽はね、最初ちょっと水につけて、水を切って粉を軽く振ったら、シャッと揚げるのよ。粉なんかパッと散っちゃって。カリッカリにして塩をつけて食べるとおいしいのよね。

うおがし銘茶:おいしそうです! だからレミさんにはお会いしたことがなかったのに存じ上げている気になっていました(笑)。そうそう。レミさんからお願いとのことで築地の鰹節をお持ちしたこともありました。

レミ:私が結婚したときに持ってきた嫁入り道具って鰹節と削り器だったのよ。

うおがし銘茶:はい。そう書かれているのを読んでいたので「あ、鰹節だ!」と思いました。

レミ:あらら、お茶屋さんにかつお節までお願いしてたなんて(笑)、すみませんでした。

「週刊文春」の表紙に描かれたお茶の葉

和田さんは「週刊文春」の表紙のモチーフに3度、お茶の苗木と花などを取り上げられました。

うおがし銘茶:一度だけ、「週刊文春」の表紙に描きたいからとお茶の花の画像を提供したことがありました。でもそれ以外はサプライズ! 描いていただくたびに、最終ページの絵の解説コーナーに「うおがし銘茶」の名前を入れていただいたのも本当に嬉しく思っています。ここ10年、お茶はなかなか厳しい立ち位置にありますが、和田さんは陰ながら応援してくださっている。そう感じました。

レミ:うわぁ。素敵な絵! お茶の花ってかわいいのよね。ちょっと椿みたい。
うおがし銘茶:そのとおり、ツバキ科なんです。でもお茶の花はか弱いので東京まで運ぶことができず、生花をお見せすることは難しいんです。

レミ:そうなのね。知らなかったわ。

料理の世界は1+1+1が5にも100にも1000にもなる

うおがし銘茶:レミさんは小さい頃からお料理が好きだったとうかがいました。

レミ:うちは農家ではないけど敷地が300坪あってね。お父さんが家庭菜園をやっていて、私も泥を触るのが大好きだから、一緒にトマトやトウモロコシ、サツマイモを作ってたの。できたトマトでグラタンを作ったりしてたのよ。おいしかった! 小学校高学年のときね。

うおがし銘茶:当時、レシピ本なんてありませんよね? どうされたんですか?

レミ:デタラメよ(笑)。父が食にうるさかったから、アメ横に行って外国の食材とか買ってくるの、当時まだ珍しいチーズや生クリームなんかもいっぱいあったから、目につくものみんな入れちゃって、グツグツしたらおいしくできちゃった。
たとえば算数だと1+1+1=3じゃない? でも料理の世界は、1+1+1が5にも100にも1000にもなる。そこにおいしいものを作ろうっていう気持ちが加わると、もっとおいしいものができちゃう。料理の算数ってすごく面白いのよ。

うおがし銘茶:和田さんの著書「銀座界隈ドキドキの日々」(文春文庫)や「五・七・五交遊録」(白水社)などを拝見すると、お友だちが多い和田さんとお父さまは似ているところが多いように感じます。

レミ:そうみたいね。ほんと二人は似ているのよ。

一緒にいるとホッとする人との結婚

うおがし銘茶:和田さんとは出会って約10日のスピード婚だったのは有名な話ですね。

レミ:25歳になった女は嫁には行かれないんだって、当時兄が言ってたの。でもとうとう25の朝が来ちゃった。でも男の人と付き合ってもなんか結婚とは違うのよ。私、一生独身かなって思ったから開き直ってシャンソンを一所懸命勉強したわけ。

そんなときに和田さんが、麻雀仲間だった久米宏さんに「平野レミさんを紹介して」って言ってくれたの。私、久米さんとラジオの番組で一緒だったから。

会ってみたら和田さんは他の人と違って、なんでも大きく受け止めてくれるし、一緒にいるとホッとしたのよ。和田さん家に行ったら、月岡芳年の『血の晩餐 : 大蘇芳年の芸術』があって、それのおっかない話をいっぱいしてくれてすっごく盛り上がっちゃった。そうしたら「明日もこういう話してあげようか?」っていうから、「してください!」って言って次の日もおっかない話をいっぱいしてもらったの。

うおがし銘茶:結婚されて子育てをしていた頃は、どちらかというと女の人には専業主婦が求められていた時代だったのかなと思いますが、和田さんは全然そういう固定観念を持つ方ではなかったとのこと。

レミ:やりたいことをやりなさい! って。子どもを幼稚園に預けたりして、料理の本やエッセイを書きながら、1984年から17年間は、玉川高島屋の料理教室で講師を務めてました。和田さんは会社から帰ってくると必ず私に「何かやることある?」って聞いてくれるの。「あるある! これ見て」って原稿を渡すと、チャチャッチャッて直してくれるのね。もちろんやってくれている間、私はお茶を淹れたりしてね(笑)。直してくれると俄然よくなっちゃう。それなのに「レミは文章うまいね」って言うのよ。「豚眠菜園(とんみんさいえん)」とか、「台満餃子(たいまんぎょうざ)」、「うまいねマリネ」とか、本のタイトルや料理の名前も考えてくれて、装丁までしてくれたの。

目覚ましは「おいしいお茶」

うおがし銘茶:お二人とも本当にお忙しかったんですね。だからこそ和田さんは、レミさんのお料理を食べるときが一番ゆったりできる楽しい時間だったのではないでしょうか?

レミ:そうね。だから料理は頑張ったのよ。「レミの料理はおいしいね」って言ってくれちゃうから。ご飯の後は、お茶。会社から帰ってビール飲んだ後もお茶。お茶大好きだから。

うおがし銘茶:レミさんがお茶に合うと思われる料理は何ですか?

レミ:なんでも合うでしょ。今日みたいにチーズケーキにだって合うし、なんでも合うと思う。私は特別お茶が好きでお茶がないといられない人だから。フレンチ行ったって、イタリアン行ったって、中華行ったって、お茶がないとダメね。
朝も絶対お茶。それに和田さんが私を起こしたいときも(笑)。「起きろ!」とは言わないの。寝ているところに「お母さん。はい、お茶ですよ」っておいしいお茶を持って来てくれるの。

うおがし銘茶:それは起きざるを得ませんね(笑)。緑に包まれたお庭が素敵ですが、お二人で庭に出てお茶を飲まれることもあったのでしょうか?

レミ:ここへ引っ越してきたとき、年がら年中、花が咲いている庭にしようねって。山茶花でしょ、梅が咲いて、サツキや紫陽花が終わって、今クチナシが咲いていて、あっちのほうに沈丁花も。花の話をしながら、(猫の)ちーちゃんと私と和田さんはお茶持って庭に出るの。ちーちゃんは自分も目線を一緒にしたいから梅の木に登ってね。

ごっくんしておいしければ淹れ方は関係ない!

うおがし銘茶:先ほどお茶を淹れていただいた際に、お湯を入れる前に少し水を差していらっしゃったのと、急須のおしりをポンポンと叩かれていたのを拝見しました。

レミ:そうよそうそう。いつもそうしてるわよ。ダメだったかしら?

うおがし銘茶:葉っぱがきれいに片方に寄っていました。レミさんのお茶の淹れ方は、実は私たちがお客様によくお伝えしているやり方と一緒なんです。レミさん流石だなと思って見ていました!

レミ:やった~! 自己流だったのに正しかったのね(笑)。ごっくんしておいしければ淹れ方は関係ないと思わない?不精で気短だから帳尻さえ合って、おいしければいいのよ。

うおがし銘茶:うおがし銘茶は忙しい料理屋さんにも使っていただいているので、どんなふうに淹れてもおいしくなることを目指しているんですが、「しゃん」は湯冷まししたほうがよりおいしいんです。水を入れることで、急須の中で湯冷しができあがるのは素晴らしい淹れ方です(笑)。あとはもう豪快に注いでいただければ!

レミ:そう。「しゃん」しか飲んでないから他は知らないけど。でも、うちの実家では湯を冷ますための茶器で冷ましていたけどね。この茶器は江戸の頃の。

うおがし銘茶:使い込まれたいい色ですね。

レミ:私は使い込まれて色が変化した道具が好きなのね。その道具の時代というか、歴史を感じることができるしね。ピカピカになっちゃうと面白くないじゃない。

うおがし銘茶:お茶を淹れていただくのを見ていたら、袋の角を切って、量らずにシャッシャッと急須に茶葉を入れてらっしゃって。目分量で分かるくらい、頻繁に召し上がっていただいてるんだなと嬉しくなりました。

レミ:左上を切るとちょうど天女の絵がこっちを向くのよ。だから和田さんの絵に「こんにちは」しながらお茶っぱを入れられるの!

うおがし銘茶:天女が急須に茶葉を入れているようにも見えて、とても可愛いなと思いました。

レミ:袋は空気が入らないように折って折ってクリップでパッチンするの。だからこの頃、茶筒は使わなくなっちゃたのね。

うおがし銘茶:それも恰好よかったです。本当に毎日お茶を飲んでくださっているんだなと思いました。

レミ:お茶暦、何十年だもん。どこから帰って来たってまず「お茶!」だから。

お茶の持つあたたかさと、和田さんが描かれたしゃんのパッケージの持つあたたかさには通じるものがあると、レミさんのお話をうかがって感じました。和田さんに、ユーモアと優しい筆致で日本茶の素朴さやあたたかさを描いていただいたことを本当に嬉しく思います。

今年、うおがし銘茶創業90周年。このタイミングで、平野レミさんのお話を聞く機会を得たのも、和田誠さんのめぐりあわせなのかもしれません。これからも和田さんの描かれる絵のように、誰にも真似できない愛されるお茶つくりを目指してまいります。

文:関口 裕子 写真:AIRNUDE 東 卓

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